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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)1450号 判決 1957年3月04日

控訴人 被告 勝山武

訴訟代理人 甘糟勇 外一名

被控訴人 原告 太田八郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

被控訴人において、控訴人は、本件株券の発券会社に対し、すでに公示催告申立の手続をした旨を届出で、株式の名義書換停止の依頼をしたので、発券会社は、かくの如き場合、公示催告申立人の責任の下に、名義書換を停止する商慣習に従つて、被控訴人の名義書換を停止したものであつて、つまり、控訴人は、発券会社をして被控訴人への名義書換請求を拒否せしめたわけであるから、被控訴人に対し、これに基因する損害の賠償責任を免れない。

かりに右の如き商慣習がなかつたとしても、控訴人は、自己の利益を擁護するため、発券会社に対し、名義書換の停止を依頼し、これによつて被控訴人に損害を被らせたのであるから、当然その賠償責任を負うべきであると述べ、なお公示催告手続における被控訴人の権利届出日時、公示催告手続ならびに株券引渡請求訴訟の各結末に関する控訴人の主張事実は、いずれもこれを認めると附陳し、

控訴代理人において、株券につき公示催告の申立があつたからといつて、発券会社が、株式の名義書換を停止するという商慣習はないし、また本件発券会社たる住友金属工業株式会社が、右慣習に依る意思を有していた事実もない。もつとも、業界においては発券会社が、名義書換請求にかかる株券につき、すでに公示催告の申立がなされていることを知つているときには、その名義書換請求者にこれを通知し、公示催告手続に異議を述べ権利の届出をした上、その届出を証する書面を提出すべきことを求める慣行はあつたが、右は一応の勧告、慫慂に過ぎず、請求者がこれに従わずあくまで請求を固執するときにおいても、なおこれを拒否しうるが如き慣習はない。また株券喪失者たる控訴人が、公示催告の申立をするのは、当然の権利の行使であつて、これが不法行為を構成する余地はないし、またこれにつき故意過失もないから、不法行為上の賠償責任を負うべき道理はない。さらに、控訴人が、右発券会社に対し、公示催告の申立をした事実を届出で、名義書換の停止を依頼したという事実もない。かりに依頼したとしても、それがため発券会社の名義書換停止を招来せしめるものでないから、これによる賠償責任を控訴人に帰せしめることはできない。それに本件株券は、その裏書欄に「有限会社下与商店代表取締役下村忠次郎」名義の白地裏書があり、その裏書は真正で連続に欠けるところがなく、かつ被控訴人の権利取得を疑わしめる事情もなかつたのであるから、前記住友金属工業株式会社は、被控訴人の株式取得を適法なものと認めて、その名義書換請求に応ずべき義務があつたものというべきである。従つて、被控訴人が、その名義書換請求を拒否せられたため、損害を被つたとすれば、住友金属工業株式会社に対し、その責任を追求すべきであり、控訴人において賠償責任を負うべきいわれはない。なお被控訴人が、公示催告手続において権利の届出をしたのは、昭和二四年六月一五日であり、そのため、同日、公示催告手続中止の決定がなされた。また、控訴人の被控訴人に対する本件株券の引渡請求訴訟は、控訴人の敗訴に確定したものであると補述し

た外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、

被控訴人は、甲第一ないし第七号証を提出し、原審証人高岡春雄(一、二回)の証言を援用し、乙第一号証の成立を認め、控訴代理人は、乙第一号証を提出し、当審証人高岡春雄、同隅谷孝三の各証言を援用し、甲第一、二号証は不知と述べ、爾余の甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人が、昭和二四年三月三日、訴外小畑証券株式会社より、扶桑金属工業株式会社の株式五〇株券二枚(第四新丙第八六二号及び同第七九三二号)を買受けたこと、控訴人が、右株券は自己において紛失したものであるとし、所轄警察署に紛失届をし、かつ同年四月一〇日、大阪簡易裁判所に公示催告の申立をし、同庁昭和二四年(へ)第一四三号として係属中、被控訴人より、同年六月一五日権利の届出があつたので、同日公示催告手続は、届出の権利についての裁判確定に至るまで中止されることになつたこと、ならびに控訴人が、同年七月一日、大阪地方裁判所に対し、被控訴人を相手方として、右株券引渡請求訴訟(同庁昭和二四年(ワ)第一一七一号事件)を提起し、控訴人敗訴の判決が確定したことは、当事者間に争がない。被控訴人は、控訴人が、発券会社たる扶桑金属工業株式会社に対し、株券の紛失ならびに公示催告申立の事実を届出でるとともに、爾後における株式の名義書換停止方を依頼し、同会社をして被控訴人の名義書換請求を拒否せしめたのであるから、被控訴人に対し、本件株券がいわゆる事故株になつたことによる被控訴人の損害を賠償すべき責任があると主張するので、以下この点について判断する。

原審(一、二回)並当審証人高岡春雄の証言、同証言によつて成立を認めうる甲第二号証、その他弁論の全趣旨を綜合すると、本件株券については、昭和二四年二月一四日頃、控訴人より前記発券会社に対し、警察署への紛失届の証明書を添付した株券喪失届が提出されるとともに当該株の名義書換停止方申出があつたこと、ついで、同年三月七日頃以降同年六月頃にかけて、被控訴人より数次にわたり発券会社に対し、自己の株式取得を理由に名義書換請求があつたのに対し、発券会社においてこれを拒否したこと(右拒否は、発券会社が、本件株式の取得につき被控訴人と控訴人との間で示談解決するのをまつためとか、被控訴人が公示催告手続において権利の届出をしたという証明書を徴するためとかいつた理由に基く一時的な留保ではない。)が認められる。もつとも被控訴人は、控訴人において発券会社に対し公示催告の申立をした事実を通知すると共に重ねて名義書換の停止を依頼したと主張するのであるが、この点を認むべき証拠は何もない。

ところで、株券を紛失したものが、権利の紛糾と損害を防止するため、警察署、発券会社に対し、紛失届をするのは、当然の処置であつて、何等の違法性はなく、さらに公示催告の申立をすることも亦当然の権利の行使であつて、違法たりえないのはいうまでもないし、かりに公示催告申立の事実を発券会社に通知したとしても、これを以て違法とすべき道理はない。また他方、発券会社は、株券喪失者より紛失届または公示催告申立の通知に併せて名義書換停止の申立を受けたからといつて、当然これに応じ、名義書換請求を拒否しなければならない義務があるわけではない。被控訴人は、右の如き場合、発券会社が、株券喪失者の責任において名義書換請求を拒否する商慣習があると主張し、証人高岡春雄は、原審では、株券喪失者より公示催告の申立がなされたときは、同人の名義書換停止の申立を容れて、第三者の名義書換請求を拒否する商慣習があつたと供述しているが、当審ではこれを飜して右商慣習を否定しているし、また当審証人隅谷孝三の証言によつても、当時右の如き慣習のなかつたことが推認できるから、慣習を以て発券会社の前記名義書換拒否義務を根拠つけることはできない。それに前記甲第二号証に、成立に争のない甲第三号証弁論の全趣旨によると、本件株券は、記名株であつて、裏書欄に「有限会社下与商店代表取締役下村忠次郎」の白地裏書があり、裏書の連続に欠けるところがないことが推認でき、かつ被控訴人の株式取得に悪意重過失のあつたこと、または右裏書が偽造であるにかかわらず、被控訴人が発券会社につきその調査を怠つた等その適法な取得を妨げるような事情は何等現われていなかつたことが窺われるのであるから、発券会社においては、むしろ被控訴人の株式取得を以て適法なものとし、その名義書換請求に応ずべき義務があつたものというべきことは、当時施行の商法(昭和二五年法律第一六七号による改正前)第二二九条、小切手法第二一条によつて明らかであるとともに右書換義務は、株券喪失者より前記の如き紛失届、公示催告申立の通知ならびにこれに伴う名義書換停止の申立があつたかどうかによつて何等影響されないものというべきである。

けだし、株券喪失者の紛失届、その他右の如き通知、申立がそれ自体当然第三者の適法な株式取得を妨げる効果のないことは、いうまでもないし、また公示催告手続における除権判決は、将来に向つて当該株券を失効せしめ、公示催告申立人に株券を所持するのと同一の資格を回復せしめるだけで、それがため判決前の善意取得者の権利がくつがえされ、その名義書換が基礎を失うことにはならないからである。

これを要するに、控訴人の前記紛失届、名義書換停止の申出、公示催告の申立、或いはその通知等の所為は、何等違法でないのは勿論、これらの所為が、発券会社を義務づけ、その結果被控訴人の名義書換請求を拒否せしめたものともいえず、その間に何の因果関係もない。もつとも、控訴人において、発券会社の名義書換拒否に通謀加功したり、または発券会社を不当に抑圧して名義書換を拒否せしめたような事実があれば、或いは被控訴人の名義書換請求権を不法に侵害するものとして、これが賠償責任を負うべき場合のあることも考えられるが、右控訴人の単なる名義書換停止の申立を以て、控訴人の名義書換請求権を不当に侵害したものとはとうてい認め難い。被控訴人は、控訴人に右名義書換停止の申立が、自己の利益保護のためになされたものであることを理由にして、当然控訴人に、名義書換拒否に因る損害賠償責任ありと主張するもののようであるが、右の如き賠償責任を認むべき法律上の根拠がないから、右主張は採用の限りでない。

そうであるから、被控訴人において、発券会社に対し、名義書換拒否の責任を追求するは格別、控訴人に、右拒否に因る損害賠償責任ありとする、被控訴人の主張は、全く的を外れたものであつて、採用の余地はなく、被控訴人の本訴請求は、すでにこの点において失当であるから、これを棄却すべく、右と反対に出でた原判決は、取消を免れない。

よつて、民訴法第三八六条、第九六条及び第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉村正道 判事 金田宇佐夫 判事 鈴木敏夫)

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